0.大学編に入る前に

大学編

「大学編」を綴る前に、大切なことを書き忘れていました。

それは、私の4才下の、妹のことです。

私にとって、この妹の存在が、深い苦悩と、人生の充実、人間不信と、人を信じる大切さを教えてくれる存在でした。

私には2人の妹がいます。

前述した4才下の妹、仮名として、「茉奈」とします。

12才離れた妹、仮名として、「佳奈」とします。

→マナカナが好きだったので(笑)

私が家を追い出されて程なくして、母親の、私に対する攻撃の矛先は、茉奈に向けられるようになりました。

幼少から重度の喘息を患っていた茉奈。

小学2年の半分以上を病院で過ごしたため、算数の九九が全部言えない。

喘息の発作が出るたび、母親から、「私の言うことを聞かないから、バチが当たったんだ」と責め立てられ、かえって発作がひどくなることも度々でした。

夜遅くに発作が出て、車で山奥に連れていかれ、「あんたの喘息の発作が耳に憑いて眠れない。オオカミに食われてしまえ」と、置き去りにされかけたこともありました。

私が小学校低学年の時のことですが、車の後部座席から妹が「置いていかないでーーーーー!」と泣き叫びながら走っている姿が、トラウマとなり、脳裏に焼き付いています。

→置き去りにはしませんでしたが、こうやって、「次に発作が出たら本当に置き去りにする」という恐怖を植え付けようとしていたようです。

最も酷い話は、夜発作の出た妹を、「救急病院に一人でいけ」と、最寄りの駅に置き去りにしたこともありました。

茉奈は自力で1時間ほど電車を乗り継ぎ、かかりつけの病院に辿りついたそうですが、そのまま入院。

後年、どうやってたどり着いたのか聞く機会がありましたが、聞くに堪えない内容なので、控えます。

喘息は、成長につれて少しずつ良くなっていきましたが、思春期に差し掛かり、茉奈は次第に荒れました。(無理もない)

私という標的を失い、母親はますます暴走。

私は男ですから、腕力というアドバンテージがあります。

女同士のぶつかり合いは、それはもう、酷かったそうです。

次第に家に帰れなくなった茉奈は、私と同じ道を辿ることに。

私は高校3年でホームレス高校生を経験しましたが、茉奈は中学3年で、まさに『ホームレス中学生』を経験しました。

一時、私のアパートに住まわせていましたが、私が大学進学で上京することになったため、アパートは叔母夫婦に返すことに。

茉奈は、「社会人の彼氏ができたから、大丈夫。生きていける。中学の先生に勧められて、定時制高校に入ることにしたから、心配しないで。」と。

正直、自分のことで、精一杯でした。

あの時、無理やりにでも、東京に連れていくべきだった。

茉奈なりの、精一杯の、兄貴に対する、遠慮だったのだと思います。

「あの時、こうしておけば良かった」という悔いを、残したくないものです。

悔い多き人生を、根本から変えることは、大変なことでした。

ですが、人は、諦めなければ、必ず、絶対に、良い方向に人生を変えることができるということを、この先のブログで、綴っていきたいと思います。

佳奈は、唯一残った子供として、母親の心の支えだったようで、幸いにも、私や茉奈のような、『直接的攻撃』を受けることはなかったようです。

佳奈のことについて書くのは、まだまだ随分先のことに、なることと思います。

それでは、次回から、「大学編」スタートです!