5.心を定めて立ち向かう

大学編

なぜあのとき、無理にでも東京に連れていかなかったのだろう。

茉奈がこんな目にあったのは、俺のせいだ。

同じ親を持ち、母親から同じような仕打ちを受け、だれよりも帰る家がない辛さを共有できる。

兄として、自分の進学云々よりも、妹を守ることを最優先にするべきではなかったか。

中学3年生が、社会人の男と同棲しているから大丈夫など、一体何が大丈夫なんだ。

そして、妹をそんな目に遭わせてまで進んだ大学に、まともに通えず、単位を満足に取得できない、不甲斐ない自分。

病院からの電話

「妹さんのことで相談があり、お電話しました。お母さんに連絡をしたんですが、『こんな不良娘、うちの子じゃありません。』と言って電話を切られ、全く話になりませんでした。親戚の方々も、お見舞いには来て頂いたんですが、さすがに妹さんを預かることはできないと言われまして・・・」

「病院としては、未成年者の場合、家族など受け入れる人がいないと、退院をさせられないのです。誠に申し上げにくいのですが、お兄さんに茉奈さんを引き受けて頂くことはできないでしょうか?」

引き受けるって・・・

正直、新聞屋のワンルームアパートで1人暮らしの身。

正直、自分のことすらままならないような状態。

妹とはいえ、人間1人を面倒見るのって、そんなこと俺にできるのだろうか。

「すみません。引き取りたい気持ちはありますが、少し考えさせて下さい。」

身内からの心無い言葉

「毎晩男にフラフラついていくようなふしだらな女は、矯正教育が必要だから、少女院という施設にいれたほうがいい。」

叔父から電話で言われた時は、なんとも言えない感情が湧き上がるのを感じました。

茉奈は、好きで路上生活をしていたのではない。

私の時はアパートを提供してくれた叔母夫婦も、

「座右は真面目な性格だからアパートを使わせたけど、茉奈ちゃんには怖くて貸せない。」と。

祖父母も、皆、口を揃えて、

「知らない男についていったのが悪い」と。

確かに、知らない人にはついていってはいけないと、オトナは子供を諭します。

ですが、『帰る家がなかったんだ』という、根本的問題を抜きに、生活力の無い未成年の女の子が傷害事件の被害に遭ったことを、『自己責任』と断じて手を差し伸べないことに、なんだか残酷さを感じました。

「僕が茉奈を東京に引き取ろうと思います。」

「お前、あんな妹のどこが可愛いんだ。こっちで施設に入れる手配をするから、お前は口出しをするな。全く、身内にこんなのがいて、いい迷惑だよ。」

(ウルサイ!俺はシスコンなんだ!)

そして、施設に入れるにはお金がかかるとなると、音信不通になる叔父。

言葉だけなら、誰でも吐ける。行動しない者など、もう信じない。

人生経験豊富な方の助言は重い

悩んだ私は、大学の「新入生相談窓口」に行ってみました。

ありがたいことに、私が大学に入学した20年前当時、大学に進んでも、途中で辞めてしまう学生が多く、どこの大学でも、新入生をサポートする取り組みが実施され始めた時代だったそうです。

窓口で応対してくれた20代後半と思われる男性大学職員は、

「ちょっと私だけでは手に負えないので、上の者と相談させて下さい。」

といって、真剣に対応してくれました。

数日後、その職員さんから連絡があり、大学に呼ばれました。

案内された部屋には、その大学の理事長を名乗る、貫禄ある年配の老紳士が待っていました。

「座右の銘太郎さん、随分大変な苦労をされているそうですね。私で良ければ話を聞かせて下さい。」

え?大学の理事長がいち学生の話を聞いてくれるなんて、そんなことある?

驚きながらも、事情を話しました。

「実はね、私も貧しい家の出身でね、大学は新聞奨学生で卒業させてもらったんだよ。我々の時代は、もっと過酷でね。寮なんて、12畳くらいの部屋に10人押し込められてさ、プライバシーもクソもあったもんじゃない。布団プラスαが私に与えられた空間だったよ。」

新聞屋あるあるのネタで盛り上がる。

「妹さんのこと、兄として責任を感じて苦しんでいるんだね。だったら、できるかどうかは置いといて、『兄としてできる限りのことをして、妹を守り抜く』と、まず、心を定めることだ。人は迷うと、本当の力を出せないものだよ。」

「親、兄弟の、血のつながりというのは、逃げても逃げても絶対に切ることはできないんだ。ずっと追いかけて来るものなんだよ。私も、7人兄弟の長男だから、色々あったんだ。だから、どうせ追われるくらいなら、逆に立ち向かってやるんだ。」

「そういう親を持つ、そういう妹を持つという、君自身の生い立ちや運命からは逃れられないかもしれない。でも、これからの未来を作っていくのは、今の君自身なんだよ。だから、これからの未来を変えることで、過去すらも包み込んでしまえばいいんだ。」

他、色々と、励まして頂いた。

様々、具体的なアドバイスも頂戴した。

後日、大学の事務所から連絡があり、2通の封筒を渡された。

「理事長からお預かりしたものです。」

中には、それぞれ1万円が入っていた。

添えられたメモ用紙には、

「少ないけど、妹さんと美味しいものでも食べて、元気を出して頑張りなさい!大学にも、ちゃんと通うように!」と。

私は、古びたそのメモと封筒を、今でも大切に保管しています。

入っていた2万円と一緒に。

大学編

Posted by zayuu