5.なりゆきがどう転ぶかかからないから人生は面白い

大学入試編

なぜか原付免許を取りに

 生きる気力を失った私は、

 「いっそ暴走族にでも入って、そっからヤクザになって、無茶苦茶な人生を送ってやる。」

 などと、幼稚な発想で、投げやりで荒んだ毎日を過ごしていました。

 そんなある日、高校での昼休憩、あまり話したことのない隣のクラスのOに話しかけられました。

 「座右くん、原付の免許取りに行かない?」

 Oとは、私と仲の良い友人と、元同じ中学ということしか接点がありませんでした。(友達の友達的な)

 なぜ急にそんな話になったのか、さっぱり思い出せません。

 恐らく、「バイクっていいよね、てか免許欲しくね?」

 くらいのノリだったんだと思います。

 二人で仲良く原付教習を受けに行って、免許センターにも二人で行きました。

 田舎だったので、教習所も免許センターも、遠くて電車やバスを乗り継いでいくしか交通手段がなくて、多分お互い心細かったんだと思います。

 そして、Oと一緒にこの日、免許センターに行ったことが、私のどん底だった人生、どん底だった心に、一筋の希望の光を指すことになったのです。

近所の先輩との再会

 免許センターで受付をしていると、突然、

 「おー!座右じゃんか!こんなとこで何やってんの?」

 と、声をかけられました。

 声の主は、中学時代の1つ上のM先輩で、実家の近所に住んでいました。

 一瞬、私が家出状態のことを知っていたらどうしよう。

 母親の姿が目に浮かび、恐怖で逃げ出したい気持ちになりました。

 幸いなことに、M先輩は私が家出していることを知らない様子で、

 「そっか、原付の免許な。実はオレ、無免許で単車乗って原付の免許が停止になったから違反者の講習受けに来たんだよ。奇遇だな。」

 と、私の近況に触れることもなく、普通の会話でした。

 (単車で無免許云々は普通じゃないですけどね(笑))

 「ところでお前、ピッチ(PHSのこと。死語?)か携帯持ってんの?持ってんなら番号交換しようぜ。」

 と言われ、番号交換をしました。 叔母夫婦が、連絡手段ないと困るからと、PHSを持たせてくれていたので、一応移動通信端末を持っていたのです。 その後M先輩は、免許センターの教務官に、

 「もうやんなよバカチンが!」

 と怒られながら、連れて行かれました。

 先輩は当時、志望大学に落ちたため浪人中で、予備校に通いながら受験勉強を頑張っているとのことでした。

 そしてその日は、無事に原付の免許を取得し、帰宅しました。

知らない番号からの電話は基本取らないほうがいいけど、取ったほうがいいことも

 数日後、私のPHSに知らない電話番号からの着信がありました。

 当時は今ほど携帯等が普及しておらず、個人の携帯等に

 「マンション投資いかがですか?」

 とか、

 「今小麦が熱いんですよ!(先物取引の営業)」

 とか、

 営業の電話が掛かってくることはあまり多くなかった(電話番号が名簿業者に漏れていなかった)ので、

「誰だろう?」

 と何の気無しに電話に応じました。

 すると電話の相手は、中学時代にお世話になったS先生でした。