7.人生は分かれ道の連続

大学入試編

 S先生は更に畳み掛けます。

 「どうせ失うものはないんだから、やりたいことをやってみろよ。」

 「このどん底から這い上がれたのなら、この苦難を乗り越えられたのなら、お前はそれだけ強くなれるということだ。」

 「その生き様は、いつか誰かの励ましになると俺は思う。」

 「逆境をバネにしていこうよ!」

  やりたいことなんて、思い描けない人生でした。

 自分は、将来の夢など、持ってはいけない人間なんだと思って、自分の気持ちを押し殺して生きてきました。

 

 以前母親に、高校卒業後の進路について相談した際には、

 「大学に行くお金なんて、どこにあんの?あるわけないじゃないの。猛勉強して特待生になれば学費タダだからいけるんじゃないの?でも他県に出ることは許さない。あんたは高校出たら働いて、家族を守る使命があるのよ。」

 と言われていて、

 「そうだな。二人の妹のために、俺が働かないとな。」

 と思っていました。

 ホームレスから一人暮らしになり、生活のため週6でバイト。

 「受験勉強なんて、する時間ないから大学入試に挑戦しても無駄だろうな」

 と思っていました。

 「お金ないから、大学なんて絶対に無理」

 だと思っていました。

 生きていくための選択肢は2つしかないと思っていた

 ちょっと話は変わりますが、前述した

 「自衛隊に入ってお国に奉公」

 というのは、思いつきで言ったのではなく、一応根拠がありました。

 高卒見込みの若者を自衛隊に勧誘するオジサマ方がいて、当時随分お世話になりました。

 同級生に、将来パイロットになるのが夢の奴がいて、そいつが航空自衛隊志望だったため、そのオジサマたちに接待を受けていて、そいつが私のことをオジサマたちに紹介をしてくれました。

 「稼ぐなら海上自衛隊がオススメだよ!半年くらい海の上で暮らすから、手当が凄いんだよ!」

 と、焼き肉をご馳走してもらいながら教えて頂きました。

 もう1つの選択肢は、暴走族に入ってヤクザな道に進むことでした。

(俺、本当に幼稚だったなと思う。)

 そういう時代というか、夜の街を彷徨っていると、そんな縁ができてしまって、投げやりになっていた私は、

 「もうどうにでもなれ」

 と、悪い仲間と「夜の集会」に参加していました。

 振り返ると、あの時、S先生に激励されていなければ、人生に絶望して、ヤケを起こして、悪い道に進んでいたかもしれません。

 自分自信の存在価値、アイデンティティを持てない虚しさを、夜中の暴走行為にぶつけていたかもしれません。

 幸い、アパートに住むようになってからは、悪友達の誘いに応じていなかったので、また、私の住処も教えていなかったので、そのまま悪友との縁は自然に消えました。

 一人暮らしの寂しさで、悪友達をアパートに招いていたら、簡単には関係を切ることができなかったと思います。

 あの時、S先生に全力で闘魂注入をして貰っていなければ、私の人生、どうなっていただろうか。

 人生というのは、人とのご縁で、悪くもなれば良くもなる。

 幸福な人生を歩んでいくためには、良い人との縁を大切にしないといけない。