1.ホームレス高校生

ホームレス高校生編

 「ホームレス中学生」という本が以前流行りましたが、私もいつか「ホームレス高校生」という本を書こうと思います。

 元々貧乏な家庭に生まれました。 貧乏の理由は、親父の借金。 母親曰く、「アンタの父親は4年に1度、パチンコで派手な借金を作る男」とのこと。

 その話を聞かされる度に、内心「オリンピックかよ。」と、突っ込みを入れていました。 どのくらい貧乏だったかと言うと…

挙げればキリがないので事例を少々

 小学校3年くらいからだろうか・・・

 学校の帰り道にあるパン屋に行き『学校のうさぎの餌にしたいのでパンのミミをください』といってパンのミミを持ち帰るのが私の役目 。パンのミミが無くてもらえなかった日の帰り道は、なんだか惨めさで心がいっぱいでした。

  学校の帰り道にあるスーパーに行き、白菜とかキャベツ等の葉物野菜の、奥様方が捨てていく分を、『学校のうさぎの餌にしたいので、葉っぱください』といって、葉物野菜を持ち帰るのが私の役目 。茹でたり焼いたりと、火を通すと案外食べれるものなんだなと。

 パンのミミや葉っぱが無くてもらえなかった日の帰り道は、なんだか惨めさで心がいっぱいでした。

 なので、『座右くんはうさぎの飼育係頑張っててえらいね!』と、近所の方が褒めてくれ、良くお菓子をくれました。 近所の皆さんは、うちが超絶貧乏なのを不憫に思って、お菓子を度々持たせてくれていたのかもしれないと気付いたのは、随分大人になってからでした。

 4才下の妹は、重度の小児喘息で、入退院を繰り返していました。 その妹は掛け算の九九が全部言えません。 2年生の9カ月を病院で過ごしたため、勉強が遅れてしまったのです。 九九が分からないと、それ以降の算数、数学は完全に無理ゲーになってしまったと、後年妹は言っていました。 中学2年の夏、親父方の祖母から、大量のそうめんが送られて来ました。 夏休みの間の約2ヶ月、3食そうめんを食べました。 朝は温そうめん、昼は冷たいそうめん、夜は味噌汁そうめん… 延々と毎日このループでした。 あまりにそうめんが続くため、味に飽きてしまった妹が、ある晩そうめんを吐いてしまい、母親が激怒。 食べ物を粗末にした報いだと、母親はベルトで妹を鞭打ち、泣きながら『ごめんなさい、ごめんなさい』と繰り返す妹の姿は、忘れられません。

  そんな私も、夏休みの部活中、炎天下の中気を失って倒れてしまいました。 部活の顧問が夜に家庭訪問に来て、『お母さん、息子さん栄養が足りてないんじゃないですか。育ち盛りなので、栄養のあるものを食べさせてあげてください。』と、自腹で3万円置いていったそうです。 『あんたが根性ナシだから恥をかいた』と、掃除機のパイプで数発殴られました。 今でもそうめんを見ると、ちょっとウルっときてしまいます。

食べ物の恨みは怖い

  オリンピック借金を繰り返す親父は、借金を作る度に祖父や親戚が助けてくれていたそうですが、私が中学3年の時にこさえた借金がめでたく(??)新記録を樹立。 祖父は亡くなっており、親戚には愛想を尽かされ、しかも会社のお金まで横領し… 毎日取り立ての電話が鳴り止まない日々

 ある日の朝食 親父が納豆を3パック一度に食いやがった(# ゚Д゚)

 しかも卵まで入れて… その姿をみて、私は悔しくて、悔しくて、泣きました。 親父も母親も妹も、なんで私がシクシク泣いているのか、分からない様子でした。

 なんでこんなことになったのか… 全部親父のせいじゃないか! 親父に対する殺意が胸をよぎる…

 その日、親父を本当に殺してやろうと思いました。

 今でも、家族でスーパーにいくと、毎度ついつい納豆を買ってしまうのは、このせいかもしれません。 (妻に、「なんで納豆が9パックもあんのよヽ(`Д´)ノプンプン」と度々怒られます。)

そして親父は居なくなった

 幸いにも、中学生の息子が納豆3パック食った親父に腹を立てて殺したなんていう事件は起こりませんでした。 なぜなら親父は、程なく、借金の取り立てを苦に、行方不明に。嫌なことがあるとすぐ家出をする男でした。1週間くらい会社にも行かず、音信不通に。携帯電話等が普及していない、平成10年前後の話なので、行方不明になると、連絡を取る手段が一切なくなるんですよね。

 大体車で寝泊まりをしていたようですが、お金が無くなるとフラッと帰ってくるという感じ。妻子に手を上げることはなかったのがせめてもの救いか。

 そもそも、夫婦喧嘩の絶えない、貧しい家庭でした。小学生、中学校時代は、なんだか将来への不安が常に付きまとう毎日でした。

 こんな家、社会人になってさっさと出ていきたいと、ずっと思っていました。

 まさか、社会人になる前に家を出ることになるなんて、思いもよりませんでしたけどね!

 すべて乗り越えたからこそ、人に話せる

 読者の皆様には、どうか安心をして頂きたいと思います。 私は理不尽に立ち向かい、何度も心を折られながらも、時には、運命から逃げながらも、立ち向かい、そして、今は温かい家庭を築くことができ、ささやかな幸せを感じられるようになりました。

 心というのは、どんなに傷つけられても、どんなに折れてしまっても、必ず蘇生することができる。 どんな運命も、諦めず立ち向かい続ければ、必ず乗り越えられる。 私の体験を通して、それを証明したい。

傷ついたあなたの心に、希望の光が届くように。 私は書き続けます。