12.さらばホームレス生活

ホームレス高校生編

 雨露凌げる生活が手に入っても、心が満たされなければそこは地獄と変わらない

 父親方の親戚は他県在住で、連絡手段もなかったため、母親の妹(叔母)夫婦を頼ってみようと思いました。

 電話番号等は分からず、最寄り駅からの道(かなり曖昧)しか知らないという状況。

 私の徘徊していた町の最寄り駅から叔母宅の最寄り駅までは、電話で片道1時間半くらいでした。

 電車賃が勿体無いし、どうせヒマだし。

 よし!歩こう!

 6時間程歩いて、後悔しました。

 叔母宅は、結構山のほうだったのです。

 一応国道が通ってはいましたが、片側1車線の道路を10トントラックがガンガン走っている道で、ガードレールの向こうは崖っぷちという状況の中、ただただひたすら歩きました。

 途中、力尽きて空き地で野宿しましたが、別に通る人もおらず、まさかこんなところで人が野宿してるなどと思わないようで、誰にも見つからずに過ごせました。

 丸1日24時間かけて、なんと叔母宅の最寄り駅に辿り着きました!

 そこから記憶を頼りに歩き、遂に叔母宅を見つけることができました!

 人間、案外道を覚えているものです。

 父親が家にいた頃は、数カ月に1度、叔母宅に家族で遊びに来ていました。

 叔母宅の徒歩圏内に祖父母も住んでおり、母親方の祖父母と叔母夫婦、いとこと会うと、いつも美味しいものを食いに連れて行って貰えました。

 (なるほど、美味いものを食わせて貰えるという、本能でたどり着くことができたという訳か。)

雨露凌げることが、こんなにありがたいとは

 祖父母、叔母夫婦は、突然の私の来訪に、

 「久しぶりだね。急にどうしたの!」と、驚いていました。

 幸い、母親の魔手はここには伸びていない様子。

 洗いざらい今の現状を話すと、

 「親父さんが借金に追われて居なくなったとは聞いていたけど、まさかこんなことになっていたなんて」と、

 母親からは何も聞かされていなかったそうです。

 それから、私の住む場所についてですが、実は祖父母がマンションを1棟所有していて、そのマンションのいちばん人気がない部屋(全く日が差さず常に空き家だったそう)に住まわせて貰えることに。

 高校には電車で30分の通学になりますが、これで晴れて天気の心配をしなくても良いところで暮らせることになりました。

 その部屋での初めての夜は、久しぶりにゆっくりと安心して熟睡することができました。

 そして私はこのどん底から這い上がり、幸せを掴むことができましたー!

  なんて話で終わるのならば、何もブログに載せることなどありません。

 更に怒涛の如く、理不尽の波が襲ってくることなど、一体誰が予想できたでしょうか。

 住む場所を得た私の身に、災難は休むことなく、そして容赦なく畳み掛けてくるのでした。

ホームレス高校生編 【完】